水もねぇ、椰子の実ねぇ、ないないづくしの絶望島へようこそ。
はい北条ちかこです。名前だけでも覚えてね。吉村昭さんの漂流読んだんだけど、これがまたすごい。吉村さんの最高傑作っていっていいんじゃないかしら。
熊嵐も良作だったけど、違う方向性で凄みを感じるのが漂流だわさ。何がすごいってアホウドリは狩られても狩られても逃げないということ。というかこれ小説自体の凄さじゃないわね……でも繋げていくから安心して。
アホウドリが黙って狩られる理由について。主人公の長平は人間を知らないから逃げないのだっていうけども、こちらからすると毎日仲間を殺戮している奴じゃないの!逃げなさいよ!ってそんな感想が出てくるのよ。
まぁそういうアホウドリの生態が長平達、漂流者に安定した食料を供給したんだけどさ。
人間ってどんな環境にもそこそこ適応するって言うけど、肉ばかり食べても生きていけるよう身体が順応していくのね。
その代わりといったらなんだけど、久しぶりにお米を食べた長平は胃腸が受け付けずに吐いちゃったって描写が生々しかったけども。
アホウドリの大集団のおかげで、食料に困ることはないと安心していた矢先。アホウドリの群れの様子がおかしくなり、長平は渡り鳥である可能性に気付く。
もしアホウドリがいなくなれば、植物すら満足にない絶望島において長平達の餓死は確定するといってもいい。
だから長平達はアホウドリを干し肉にしてたんだけど……干し肉って凄いわね。
この小説読むまで、冷蔵庫なしで肉を数ヶ月保存できるイメージが沸かなかったからさ。学校の授業とかで教えても良いんじゃないかしら?私は教えて貰いたかったわよ。何かの役に立つかというと立たないけどだろうけど、知的好奇心は満たされるわさ。
そうそう、肉ばかり食べると言えばイヌイットが有名よね。
彼らは生肉で食べるから、壊血病にならずミネラル不足にならない。さすがの私でもそのくらいは知っているのよ。
壊血病の話になると目を輝かせて話割り込むくらい。まぁそんな話題になることは滅多にないというか、人生でそんなケース一度もなかったけども……そんなこたーどうでもいいわね。
長平は貝や魚を食べることによって、意図せず壊血病になるのを予防していた。 反面仲間達は、活動そのものを拒否して、干し肉ばかり食べて死んでいった。
彼らと長平で明暗分かれたわけだけど、死んでいった者の気持ちも分かるような気がする。
無人島にたどり着いてさ。 最初の一ヶ月くらいは救助待っているだろうけど半年も過ぎたらもう一生ここで暮らすんだって絶望しちゃうかもしれない。
しかも長平達がたどり着いた島って本当つまらなさそうなのよ。ロビンソンクルーソとかなんだかんだいって楽しそうなのよね?15少年漂流記なんてもはや青春物語でしょ。
そういう要素は一切ないのが漂流の前半部分。ただただアホウドリを食べて死ぬのを待つだけの生活。そんなの常人の精神じゃ耐えられないわ。
そういうとき人は何に縋るかというと宗教。宗教って日本じゃうさんくさく思われがちだけどさ。太古から存在しているメンタル安定に役に立つノウハウが蓄積されているのよね。
時代を超えて生き残ってきた教えなんだから、超がつくほど有用だと思うわよ。一部のうさんくさい人達が、法外な荒稼ぎしているからイメージ悪くなるのはしょうがないだろうけども……話を続けましょう。
長平は念仏を唱えて、自分の中に神を宿し過酷な島の生活を乗り切った。他人に左右されない、もはや揺るがようがない信念を作れた人間は強い。
外的要因による精神面での大崩れがなくなるので、環境の変化への耐性が強くなる。
このような絶望島でも人は自らの考え一つで生き残ることができる。これは心強いメッセージですわよ。
あそうそう言い忘れていたけど、湧き水や地下水は得られなかったけど、雨量が多い島だったので
雨水を溜めることで飲み水に不自由しなかったみたいね。
といったところでここらへんで一休み。コーヒーでも飲みましょう。先は長いからね。
漂流者第二陣が到着。ひとりぼっちの長平仲間を得る。
長平達4人が無人島にたどり着いて、長平一人になるまでが一部……と勝手に私は分類しているわ。そんでもって、二部は新たな漂流者達が合流する。
彼らは長平にこの無人島の現実をありのまま教えられて、ショックが隠せないわけだけど、同時に長平のおかげで生活していくことが可能だということも知るのよ。
あほうどりの卵の空に水を溜めて、あほうどりを狩って干し肉にして食料にする。そしてもう一つの大事なこと。長平は仲間を失った経験から、運動の重要性を教えるのだけど、彼らの大半は聞く耳を持たない。
私もそうだけどいくら経験者が口を酸っぱくして忠告しても、本当に体験するまでは危機感ってなかなか持てないのよね。
長平の忠告は当然のように現実となり、集団に疝痛が襲った時に長平の言うことが正しかったと知ることになる。
読者の立場からするといわんこっちゃないって感じだけど、しょうがないわよね。こんな状況になったら食事とトイレ以外一日中寝ていたいわ。
そして物語に初めてほっとするというか……ワクワクするような試みが行われるのよ。そうお酒造り。
小豆からお酒って作れるのでは?と思いつき、手持ちの小豆でお酒を作ってみたのだけど、1回目は失敗。ダメ元でもう一度挑戦してみたら、今度は成功し一同は歓喜して宴会が開かれる。
当然だけど今まで暗い描写しかないから、こういう明るいイベントを私は待っていたのよ。久しぶりに飲んだ酒は至高の味だったでしょうね。
すぐに小豆のストックは切れてしまったので、お酒がある無人島生活から無味乾燥の絶望島ライフに逆戻りしてしまったのだけど……
とはいえこのお酒造りの場面は、この物語の清涼剤であったことは間違いなく、嗜好品一つで生活のクオリティが格段にあがることを教えられたわね。
そうそう、長平はすでに悟った感があるから人と諍いは起こさないんだけど、第二陣の漂流者達より数年長く島の住人になっていた長平は、すでに異様な風体をしており、彼らに陰口を叩かれていたのよ。
それでも一人よりはいい。仲間ができたことが嬉しいと長平はたいして気にしていなかったのだけど、ここから分かることは二つ。
どんな状況でも人は人を差別する。人は理屈より視覚情報から得られる感性で動く生き物であるということ。
読者の視点だと分かるじゃない。長平の姿が落ち武者のような姿であっても、それはしょうがないを通り越して必然であるということ。
彼らも少し想像力を働かさせてみれば、分かると思うのよ。でも他人のために想像力を働かせる人は少ないのが現実。
自分達を助けてくれた長平を笑いものになるなんて愚かかもしれないけど、同時に人間らしいって納得もしちゃうのよね。
そんな感じで第二部終了。休憩のお供にお酒飲んじゃいましょう。想像力を働かせ、無人島で飲む一年ぶりのビールだと思えば、むっちゃんこ美味しく感じるわよ。
助けが来ない?それなら自力で帰ろう、懐かしの本土へ
またまた漂流者がたどり着くのだけども、ここまで読んで長平以外のキャラが覚えられない。私の中では、長平、第二陣の漂流者、第三陣の漂流者、この程度の区分けしかできておらんのよ、でも読んでて楽しいから問題ない。
漂流が無人島を舞台にした物語なら当然最後のイベントは脱出よね。
裏表紙で書いてあるように、読者は長平の生還を知っている。であるので、長平達漂流者はいかにして本土に生還できたか?ということが物語後半の焦点になるわけだけど、大まかに考えて二つしかない。
救助の船がくるのか?もしくは自力で船を作って脱出するのか。 孤島の冒険では救助の舟がきたけど漂流はどうなるのでしょう?
それはそうと、何か新しい事を始めようとするとき、環境の変化を恐れて結局行動しない事って多くない?少なくとも私はそう。
これがないから駄目、あれがないから駄目、まだ時期が早いとかなんとかかんとか。
でも生存がかかってる状況ではそうはいってられない。長平達がこの絶望島にたどり着いた初日、生きるために必要なものが何一つない……主観でいえば死の島と形容してもおかしくない島だった。それでも諦めることなく10年の長きにわたり生き抜いてきた長平。仲間達は船を造るなどできないと冷静に指摘するけども……
「俺たちは船乗りで、船大工の仕事などできぬ」
「道具はあっても、船材も船板もない。この島にこれといった樹木はなく、そうしたものを手に入れることはできないではないか」
「それに、かんじんの釘がない。船釘は特別の釘で、それをどのようにしてそろえることができるのか」彼らの声は、しだいに固まった。
「そんなことは、俺にも分かっているのだ」
長平が、堪えきれぬように叫んだ。彼の眼は血走り、唇がかすかにふるえている。日頃の長平にはみられぬ憤りの表情が浮かんでいた。
「俺が言いたいのは、この島を抜け出す方法が他にあるかということだ。鳥は翼で島を去るが、俺たち人間には、船で海を渡る以外に島を抜け出す方法はない。乗ることのできる舟を造ること以外に、故国へ帰れる道はないのだ」
やる前からできない理由並べる馬鹿がどこにいるかよって感じね。実際仲間達の指摘は正論に近いのだろうけど、極限の状況ではやらない100の理由より、一つのやる理由で人はまとまることができる。すなわち島からの脱出。故郷、文明世界への帰還。
長平の情熱、それ以上に本土に帰りたいという集団の誰もが抱える共通した想いから、舟造りに着手するわけだけど、その過程は出来のいいパズルを揃えているのを見ているようで爽快の一言。
舟が完成して無事本土に帰った長平は自らのサバイバルを全国各地で講演して、お金を稼ぐわけだけど、今ならSNSで拡散されておしまいよね。情報伝達が早いのもよしあしだわ。
以上漂流の感想でした。