2回目の電話

私小説

伯母と電話をしたことで私の中に生じたちょっとした好奇心は満たされる。酷い話であったが、従姉妹に対してさしたる悪感情はなかったため彼女の窮状を喜ぶ事はなかった。

これが兄ならば生ハムを買ってきて、それをつまみにしながらウィスキーを一晩中飲んで酔いつぶれるまで祝杯をあげていたかもしれない。そのときかける映画はマッドマックスだ!イェイ!

真美さん……記憶の中にいる彼女は凜とした女性である。 社交的であり親戚の集まりでは華のような存在だった。高校時代に彼女が生徒会長を務めたと嬉しそうに話す伯母とまんざらでもなかった伯父。

学生時代に優秀だった人間が社会で躓くなんてことはよく聞く話ではある。 とはいえあの真美さんがお金の無心を繰り返して父親に暴力を振るうなど、伯母から直接聞いたのでなければ信じられないところだ。

人は好奇心をそそる話を聞いたとき、誰かに話したい性質がある。 主語が大きくなったが少なくとも私はそうなのだ。この思いを誰かに話て共有したい。しかしながら若い頃に口が軽かったせいで何度か失敗しているので、口止めされたことは絶対話さないというルールを自分に課している。

振り返って今回のことは周りに吹聴していいことなのだろうか?自問自答したが、少なくともルールには抵触していない。1秒ほど考えたがいいんじゃない?と結論づけた。今度妹と会ったときにでも話してみよう。

あの真美さんがねぇ……という感想は当然ながら誰からも得られるわけではなく、私が現状話せる相手では妹唯一人である。電話代はかかったし冷たい人間だと言われてしまったが、どうやら元はとれそうだ。

以上今回の事を総括したが、たいして日をおかずに真美さんから再度の電話がかかってきたことでこの総括は白紙になった。

「もしもしちかちゃん?母に電話したでしょう」

私があたかも悪事を働いたかのような詰問口調から彼女が苛々していることが伝わってきた。それを受けてあなたの事が心配で電話をかけた……と言おうとしたが同時にいくらなんでも嘘にも限度があるぞと方針を撤回する。すこし間が開いてしまったが、ええかけたけどどうしたの?と言った。

「困るよそんなことされたら……私もいろいろ大変なんだから」

もっと激高してくるかと思いきや、こちらを宥めるような口調になったことで私はおやおやと思った。私が伯母と電話した後に、伯母は真美さんへ久しぶりに連絡をとったらしい。

あんた親戚中に電話かけているんじゃないの?もう本当恥ずかしいからやめてと泣かれたということだ。なるほどたいして縁がなかった私に借財を頼んだということは、他の親戚にも電話していたのだろう。伯母の心労は溜まる一方だ。

人間関係に気を遣う場合、今後も対象の相手と関係を持続させたいという動機があるということだ。私は真美さんに気を遣う理由が一つもないので単刀直入に聞いてみた。

「叔母さんはあの子は自分が自分がで子供のことなんて気にもかけないって嘆いていましたよ」

私は問いかけた。気を遣う必要がない相手との会話はなんて楽なのだろう。

「そんなことない私だっていつも気にかけているけど、どうにもならないの」
「身体壊して働けないし、貯金もないし、頼れる人だっていないしどうすればいいのか分からない」

彼女は現状を淡々と語る。いや感情をこめて濃々と語った。自分はパニック障害であるという。夫は自分の病気に理解がなく、仕事や家事ができないときに慰めるのではなくむしろ詰った。そのことを父と母に話してもパニック障害を理解してもらえなかった。だから家を出るしかなかった。

要約するとそういうことだ。私は彼女への認識を多少改め大さじ一杯くらいの同情心が生まれたが、さりとて私にできることなどなにもなかった。

「そう……パニック障害だったの、大変だったね」
そういうと彼女は泣いていた。

パニック障害……

パニック障害についての知識はないが、大変な病気であるという認識は持っていた。肉体と精神が弱っているときに最も頼りになるであろう配偶者に詰られたとあれば、絶望もしたくなるだろう。
人は誰か一人にでも自分を理解してもらえれば難事にも立ち向かえる。真美さんはどうやら孤立無援であるとのことだった。今の話を踏まえて伯母に話しをもう一度聞けば彼女の状況が深く掴めそうである。

「ちかちゃん今在宅ワークなんでしょ?近いうちに会えないかな」
「私と?お金は100円も出せませんし出したくないです」
「そんなんじゃなくて久しぶりに話したいし、電話じゃなんだから」

孤独だから誰かと話したいということだろうか。 気を遣わない相手と話すのは楽だ。私相手ならロバと話すようなものだろうし、相槌をうつ分ロバより話し甲斐はあるだろう。

思考を瞬時にまとめた。真美さんは親戚中に電話をかけている。 私は彼女に一つだけ確認した後、提案を承諾して電話を切った。20数年ぶりに会う彼女に昔の面影はあるのだろうか。
うまくいけばそれなりに面白いものが見られるかもしれない。コーヒーを飲みながらこれからやるべきことをノートに書いた。

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