伯母との電話

私小説

「お久しぶりです、伯母さん」

うわずった声を出さないように苦労しながらも挨拶を終え、話題は世間を騒がしているウィルスへと飛んだ。伯母は徹底的なアルコール消毒とマスクとうがいと手洗いを家族に呼びかけていたが、伯父はというと、俺たちみたいな年寄りが自然の摂理に逆らうのはみっともないと真っ向から対立しており、日々ストレスを溜めているらしい。

このまま愚痴を聞かされると電話代が……と思っていた矢先だった。伯母は私の用件を薄々察していたらしい。真美(仮名)が迷惑かけた?とさきほどの愚痴とはうってかわって単刀直入に質問されたのである。

私は電話があった事と2万円の借金の申し込みがあったことを簡潔に告げた。すると迷惑をかけてごめんなさいねといった後に溜息をつきながら、真美さんの現状について話してくれた。

まず真美さんの子供だが、長男と長女の二人とも父親が育てているらしい。そして驚くことに……とはいっても私の狭い価値観の中でのことだが……父親の仕事中は伯父と伯母夫婦が子供の面倒を見ているというのだ。妻と関係が途絶えた後に、妻の親と仲良くしている男を想像できなかったのである。

最初は驚いたが、孫に会いたい祖父母と、日中面倒をみてもらいたい父親の利害が一致したのだろうかとゲスの勘ぐりをしてしまい、さすがに性格が悪すぎるだろうと反省する。

離婚はすでに成立しており、原因について伯母は口を濁していた。さかんにあの娘は昔からだらしなかったからねぇ……私のせいなんだろうかねぇ……と自責の念に駆られており、私は肯定も否定もできずに相づちをうつ。

孫との仲は良好のようだが、ふさぎ込んでいたときに悩みを聞いたら……
「お婆ちゃんにいってもねぇ」と溜息をつかれたと笑いながらいっていた。
年齢差がありすぎて自分の悩みは共有できないと思われたということだろう。

高齢の身で子供を育てるのはさぞ大変だろうと思ったが、どういう表現をしても失礼になりそうなのでこのやりとりもまた相づちをうつだけに留まる。大変だろうが、生き甲斐になっているかもしれないし、ただ義務感で面倒をみているだけかもしれない。

私はまた真美さんの話に戻した。私にまで借財を頼んできたということは彼女の生活はかなり困窮しているのではないか?と率直に聞いてみたのである。伯母の答えは刺激的なものであったが、予想の範疇ではあった。



「これが最後これが最後ってどんどんお金借りに来てね、こっちだって年金生活なんだから打ち出の小槌があるわけじゃないでしょう。それでうちの人がねいいかげんにしろ!!金が欲しければ草むしりでもティッシュ配りでもなんでもやって働け!って怒鳴ったの。そしたらあの娘泣きながら働けるなら働いてるだろーがじじい!っていってリモコン投げてね、お父さん大怪我しちゃったのよ」

私は親に頼み事などできない環境だったゆえに、そこまでの事態に陥るまで面倒を見ていたのかと彼女らを小馬鹿にしたような感情が生まれたが、同時に多少の嫉妬があったのかもしれないがそれはともかく……

さすがにそれ以来音信は途絶えたらしいが、伯母はいつも娘を気にしているという。

「私が許せないのはね、あの子が自分の子供のことを聞かずにただ自分は困っているから助けてっていうことなの。いつも自分は~自分は~自分は~で自分のこと以外考えられないから、お父さんもあいつは人としてダメだって匙なげちゃってね」

子供を見捨てる親はけっして珍しくないが、母親が子供を見捨てたとき世間はそれを受け入れることはない。伯父と伯母は自分達への度重なる借財より、むしろ我が子の孫の態度をみて心底失望したのだろう。

人は持って生まれた器があると私は確信している。子供を育てることができるのは、それなりの器がある人間だけなのだが、そうでない人間も子供を持つことだけは出来る。

真美さんは人の親になれる器がなかったのだなと私は従姉妹の現状を総括した。そして自分一人を養う余力もなくなっているのだろう。そして私はつい余計な事を言ってしまった。生活保護を受給してみたらどうでしょうと。

「ちかちゃんね、そんなこというけどそんなことになったらお父さんが倒れちゃうし、私も脳のどこかの血管が破裂してもうどうにもならなくなるよ」

本当に余計な事だった。余計すぎる提案だった。頭が沸いていたとしか思えない。伯父と伯母は母親が生活保護を受給していると知られたら、孫は虐めにあうと頑なに信じていた。

おそらくだが自分から言わなければ周りに知られることはないだろうと思うが、私も生活保護のシステムはまったく詳しくないので分からない。拙い知識だが親族に連絡がいくらしいので、昭和前期世代の伯父と伯母にとって耐えられないのかもと推測する。

ちかちゃんは元気にやってる?と聞くので無職で日々困窮していますと事実をいうわけにもいかず、ライティングで暮らしていますというと、ハイテクだねぇと関心してくれたが、やってることはローテクである。

最後に伯母は私に電話してくれてありがとう、迷惑をかけたねと謝罪し電話は終わる。

久しぶりの電話だったが、これでもう彼女達とは身内の葬式以外でコンタクトをとることもなくなるのだろう。そう思っていた。

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